気づいたら末法だった日の記憶(異世界edit)


――やっぱり,何かおかしくて,こういうのって普通2,3日もすればすぐ気にならなくなるのに。はあ。なんか,どうしても許せない人がいるんですよね……。

で,どうすんの? やっぱ,殺しちゃう?

――え,そんな物騒な話じゃないんですけど。

待って,物騒って?

――だから,「殺す」とか。最初から,そんな最終手段みたいなのって,いきなりすぎません?

その「許せない人」って1人じゃない? ん? あれ? もしかして,君,人殺したこと,ない?

――ないですよ,そんなの。そもそも犯罪ですよ。

ええっ,その年になってまだ誰も殺したことないの? いや,おかしいっしょ。
っていうか,犯罪だからしないって,ふ,ふははっ,あー,ウケるわー。社会人ならニュースくらい見ようぜ。

――あ,あの,そんな簡単に言うことじゃないと思うんですけど。ましてや殺人とか。

君さあ,今まで,「こいつ,目の前から消えてくれないかなー」とか思ったとき,どうしてたの?

――普通に我慢するんですけど。うーん,何か変ですか? 他のことに目を向けたりしてたら,割とすぐ気にならなくなりますよ。あー,気にならなくなって「いました」ですね,最近まで。

「我慢」って。そんな,何もしないで逃げていても,あんまり成長しないよ。

まあ,何かするっていうのは多少のリスクを伴うけどね,もちろん。人を殺して,それが見つかったら捕まる。こればっかりはどうしようもない。

そりゃあ,学校では「人を殺してはいけません」って教わるけど,それ,そっくりそのまま信じてたの? 社会人になるまで? もしかして,まわりで誰も殺されたりしない,めっちゃ良い地区の出身?

――え,嘘,死んでるんですか。いや,まあ,違和感はあったんですが。急にクラスメートが「転校」してどこに行ったか分からなかったりというのも何回か。家庭の事情が複雑だったりするんだろうなあとか,そういう感じに自分の中で説明つけてました。

ああ,それ絶対,殺されてるやつだ。どこの学校でもそうだよなあ。

――そうなんです? ああ,そっか,「自分以外の人が『人を殺してはいけません』って信じてなさそう」という意味での違和感,なのか?

まあ,うちのところもそうだったんだけど,「人を殺してはいけません」と教えている以上,たくさん殺された年でも全部「転校」扱いとか,まったく馬鹿じゃないのかって。そう思ってたのに,君に対しては意味があったってこと? はあ,まったく……。

それにしても,後先考えずに同級生を殺す奴らは気に入らんよなあ。そういう奴って塾にも通わない,習い事もしてない,そういう狭い世界で生きてるから短絡的な発想になるんじゃないかって。

そうそう,刺殺とか絞殺とか簡単そうに見えて,ちゃんと普段から練習しておかないとできないから,早めに鍛えておいた方が良いんじゃない? だいたいさー,君みたいなガリガリの体型だとナメられるって。道歩いててすれちがう人には「あーあ,この人,努力とかできなそう。社会で生きていく気あるの? 人を殺すっていう初歩的な選択肢にすら辿りつけてないんじゃない?」って思われてるって,きっと。

ごめん,話がそれた。

――あっ,はい。あの……

他にも「何かおかしい」とかなかった?

――あと,そうですね,スポーツとか全然興味なさそうな友達がやたら筋トレしてたのも――ボディービルディングって言うんでしたっけ――あれも自分には良く分からない趣味だなあとか思ってました。

そりゃあ,もちろん必要だからだよ。すぐに誰か殺す計画がなくてもそういう時は来るものだし,あと,さっきも言ったけど,「人を殺せない奴」っていうレッテルを貼られるのは避けたいからねえ。

じゃあ,君は別に何も気づいてないってわけじゃないじゃん。殺人に興味ない奴って「自分の趣味のことしか考えてない馬鹿」ばかりじゃないのか。でさー,それなら聞くけど,それだけ見えてても「人を殺す選択もある」って考えにはいたらないわけ?

――そう言われても殺人に「興味」とかいう以前の問題で……。あと,そういう人を馬鹿呼ばわりって自分は「馬鹿」未満ですか。だいたい,答えを知っていたら簡単ですよ。でも,まさか,そんな根本的なところに違和感の原因があるとか難しすぎません? 自分が誰かを本当に殺したいと思うことなんてなかったですし。

例えば,サンタクロースがいないってある程度の年で気づくよね。「煙突もないのにどうやって入るんだ」とか「世界の人口を考えて配りきれるはずがない」とか。

それと同じで,誰も犯罪行為をしない世界って,どう考えても無理があると思うな。しかも,実際に身の回りで人が消えていく。

――うーん,いじめは暴力だから犯罪だし,そういうのがなくせないって話なら分かりますけど,殺人とか,一大事ですよ。殺人事件って数えるほどしか起きないんじゃ。

この国の人口ピラミッドが綺麗なピラミッド型をしているのを見て,それを言う? つまらない殺人は報道されないだけだし,現代で子供が病気で死ぬとかそっちの方がありえないって。

君の主張が良く分かんないんだけど,サンタクロースも,子供にとってのクリスマスの「根本的なところ」だし,実は親がプレゼントを買っているとなっては「一大事」では?

――いや,それは……。あっ,言い方を変えれば良いのか? 子供同士はサンタクロースの話をしますけど,一度も殺人の話とかしませんでしたよ,全国ニュースのやつとかを除いては。これでも普通の友達付き合いをしていたつもりですけど。

あー,それねー。確かに理解できなくもないかなあ。殺人はプライベートな話題だからねえ。

逆に,やっぱり親じゃない? 最初に詳しく話を聴くのは親の若い頃の殺人談というのはよくあると思う。……思うけど,人に聞いて回ったわけでもないから根拠ないな。

――これまで,人を平気で殺す人がいるって知らずに生きてきて,ちょっと全然分からないんですが,自分みたいに非力でも殺人とかできるんですか? 毒殺,とか?

えー,毒殺かあ。簡単そうに見える? そうでもないけど。少なくとも,あまり毒殺は楽しくないよ。今回は,仕事じゃなくて自分のために,その誰かを殺そうって話でしょ。

――そうですね。いや,そこまでは言ってないですけど。

まあまあ。とにかく「自分のために」って場合は,相手が死ぬ瞬間を見てないとつまらない。あと,毒殺は,やりかたによっては無関係の人を殺しちゃう失敗とかあるでしょ。

――そ,そうですよね。やっぱり殺人には抵抗ありますよね。

あの,君分かってる? 無関係の人なのが問題だからね。

これは経験則でしかないんだけど,仕事で結果的に殺人という手段をとるときは,個人的な殺人と比べて,どういう訳か捕まりそうになることが多い。これって,逆に考えれば,相手に恨みがあって殺している場合は結構見逃されてるんじゃないかって。その意味で,ターゲット以外を殺してしまう可能性は避けるべき。

――それで,どうすると良いって話なんですか?

非力でも実行できるという点では毒殺は分からなくもないけど,どうせなら薬漬けにするとか面白いよ。生物学的な死にこだわらないならね。いや,生物学的な死に至ることも多いか。何にせよ,初心者で,か。ツテがないと準備が面倒になるかもしれないから,そこらへんは経験豊富なお兄さんが手伝ってあげよう。

筋力より器用さに振ったビルドだと,銃殺っていうのがスタンダードなんだけど,いまだに刀剣文化なこの国では難しいんだよね。洋画でさ,「ゾンビに襲われた。大量発生しててヤバい」ってなった後でも,店に駆け込むと余裕で重火器が手に入るし,そういうのよくある展開じゃん。君みたいな仕事は海外出張が多いし,生活の拠点を海外に移してしまうっていうのも一案だね。筋トレするのが嫌だっていうなら,これも良い。良いじゃん,海外。

――ちょっと,さっきから話が難しいんですが。

ていうか,最近ゲームにハマったとか言ってたけど,あれFPSだよね。

――いや,あれは伝統的なFPSと違ってイカスミだから,グロくなくて,自分でも――

で,ゲームの中だけなら銃はかなり慣れてるでしょ。

――そうかもしれませんけど,ゲームと現実を混同するのやめた方がよくないですか?

むしろ,人を殺したことないのに,殺人がモチーフのゲームに熱中しているのってどうなのよ。

――だから,あれは人じゃないんですって。

別に人殺しもイカ殺しも変わらないって。すぐ慣れるよ。君は観察力もあるんだし。

――えっと,あのー,殺人という選択肢を持っているのが普通,というのは分かりました。けど,やっぱりその,実際の殺人なんて自分にできる気がしないですよ……,「普通」の人みたいには。射殺とか,人をあんな簡単に――というか,あっけなく――殺せてしまって良いのかとか。

そこから? そこに戻るの? あー,もう,君,めんどくさいなあ。「どうしても許せない」んじゃないの?

君が,「初心者の自分でもできる殺し方は?」みたいに聞くから,人生の先輩としていろいろ言えることがあるかと思ったのにさあ。