今日の思索#1

題材:「僕が女の子になりでもした日には……」*1
あなたは,異なる性別で生まれてきたとしたら,(社会の中で)現状より良い立場になると思いますか,現状より悪い立場になると思いますか.


私は,現状より良い立場になると最初は考えました.理由は,単なる無い物ねだり等ではなく,嫌な書き方をすると,
「心が純粋だったからモテたなんて覚えはなく,それが評価されるのは女性に限られそう.一方で,行動力や決断力に欠けるのは現状では損でしかないが,これって男性だから要求されているのでは.」


しかし,このような考えにいたってしまうのは当然のことで,

  • 自分が持っているが故に異性にも要求してしまう性質
  • 自分が持っていないが故に異性にも要求しない性質

を日常の中で深く考え,印象づけられるからだと考察します.補足すると,こういった自分の価値観が普遍的なものだと錯覚することで,上記のような,女の子だったら良かったのに,が発生するのでしょう.一般常識的な「男らしさ・女らしさ」や「理想的な男性・女性」というのは関係なくなっています.


さて不思議なのは,少し一般化して言うと,
「同じ立場の人と私は異なる人だから異なる性格・行動だ」
ということは理解しているのに,
「他人(特に同じ立場の人)と私は(立場上,)価値観を共有している」
と思い込むことです.考えれば,老若,文理,都会田舎などでも似た発想をしたことがあって,無意識下で価値観が異なる他人を認めなかったり,同じ立場の人を「朱に交われば赤くなる」とみなしたりするようです.


ここで改めて考えると,僕が女の子になりでもした日には最下等の存在になるでしょう.だって,服装に興味を持たず,きっと化粧を面倒くさがり,(男同士以上に必要な)他人との会話力が足りないですから.

*1:知人のtweetから