脱法ドラッグ新呼称に思うこと

まとめるなら,歴史的に「ドラッグ」の意味する危険性と,レトリックとして「脱法」が暗に示す危険性を諦め,直接的なレッテル貼りに置き換えられたという話。
呼称問題のおこりは,「脱法ドラッグ」と言っても有害さを効果的に伝えられていないことらしい。違法になってくれない以上,取り締まる警察としては次善の手として使わないように呼びかける,というのは分かります。その「脱法」という表現でヤバいと分からない馬鹿につける薬がない,いや,売りつけるヤクがあるのが問題だと。もともとは,密売人が「合法ドラッグ」と宣伝することに対抗するために,「脱法」の名で周知させようとし,「法律が許していても社会とか道徳とかが許すか」をイメージ戦略で争っていたはずなのですが。
さて,新呼称は「危険ドラッグ」だそうです。これを見た私の感想は,日本語としておかしいでしょというか,片腹が腹痛な感じです*1。現在,「ドラッグ」と言えば,薬物のうち有害なもの,もっと正確には「依存性のある向精神薬物であって,社会の合意が得られないもの*2」を指すはずで,ドラッグが「危険」なのは定義から明らかでしょう?
……とだけ書くと,「ドラッグストアは(だいたい*3)薬局の意味」という指摘をする人が現れるのですが,そんなことは分かっています。複合語の意味が元の単語の意味とずれることはよくあり,まあ,私はこの現象が気持ち悪いので,この例だと「薬局」としか言わないようにしていますけど。
一応,「ドラッグ」の方の意味についても議論をしておきましょう。言葉の意味の歴史みたいなのを調べることができなかったため,大部分は想像で書きます。和語・漢語では「薬(くすり)」が「医薬品」にかなり寄った表現で,「薬品」は化学で使いそう,「薬物」はあまりそうではない感じ,「クスリ」と書く場合もかなりヤバそうで,「ヤク」と言うときは麻薬類しか指さないあたりでしょうか。言い方がいろいろあるように見えても,表社会が公式に裏社会の言葉「ヤク」を使うわけにもいかないし,「麻薬」は指す範囲が狭そうで困るというので,便利そうなのが英語の「drug」という話になるのは想像に難くないです。
要は,外来語として「ドラッグ」が日本で使われ始めたのは「drug」が「medicine」と住み分けられるようになった後と推測されます。しかし,もともと合成語「drugstore」は英語の「drug」に危険なニュアンスが入る前に作られたと考えられ,日本の「条件を満たさないと『薬局』を名乗れない」問題回避のために「ドラッグストア」を輸入し,調剤薬局を指す「pharmacy」は輸入されなかったのではないかと思われます。つまり,日本語の中での話としては,「ドラッグ」と「ドラッグストア」は最初から異なる目的で使われ,「ドラッグ」は危険薬物の呼称に便利だから普及した(もっと言えば,取り締まる側が普及させたのかもしれない)と考えられるにも関わらず,今回の新呼称は「ドラッグ」で危険性を意味するのはやめますという,時代逆行な雰囲気を出しています。
そんなに「ドラッグ」が危険に見えないという判断なのかと思うものの,ありえなさそうな例ですが,売人が「ドラッグ怖くないよ。『ドラッグストア』の『ドラッグ』だよ。安全だよ」みたいに言ってきたのに騙される人が問題なのであって,そういう人は「『脱法』って言うけどそれってつまりは『合法』でしょ」で一発で騙される気がします。逆もそうで,「脱法」で分からないと,「ドラッグ」でも分かるか怪しい。
だから,騙されやすい人には「ふぇぇ? 『合法』でも『ハーブ』でも『危険』だよぉ」と悪を撃退していただくのが社会のために良い策となってしまうのも仕方ない感じです。なんというか,「危険と考えさせるにはそのまま『危険』と名付けてしまえ」なんてナイーブな方法がかえって上手くいく*4世界。単に「危険」と言うだけだと,「日光の当たる場所で保管すると薬の成分が変化して『危険』」というのと区別つかないので,本当は「なぜ危険か」に踏み込んだ名前にしてほしい,以前から言われる「乱用薬物」のほうがよほど(脱法のものも含め)正しく表せるのになと思いますが,「乱用しなければ大丈夫」に簡単に騙されそうで駄目ですね。
新呼称公募をする時点で「我々に必要なのは『正しい』テクニカルタームではなく効果的な宣伝文句だ」という話のようでした。それに続く今回の新呼称決定について,「馬鹿*5に説明するのは無駄」という結論を厚生労働省警察庁が出したという見方を私はします。

*1:片腹痛いの語源は「傍(かたは)ら痛し」らしいですよ。

*2:アルコールとカフェインを除くための措置。

*3:日本の法律では区別されるらしい。

*4:「『危険』と名付けられているが本当に危険なのか」と疑える知性のある人を保護する必要はどうやらないみたいだ。

*5:今回はドラッグを使用する人たちを相手にしているのだから。